米中貿易戦争とサプライチェーンの激変2019

2019年5月に発表されたアメリカの対中制裁関税によって一気に米中貿易摩擦がシビアな状況となりました。

世界第1、第2位の経済大国である米中の関税合戦は、ほかの国々を巻き込んで貿易の流れに変化を引き起こしています。

高い関税によって世界のサプライチェーンに変化が起きる可能性がかなり高まった事を受けて、ここでは貿易摩擦によって起こされるサプライチェーンの変化や、企業行動について見ていきたいと思います。

影響の概要

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データを基にいくつか概要を確認します。
対中穀物輸出(2018.7~2019.4)
  • ブラジル:前年同期比+49%
  • カナダ:同+53%
対中天然ガス輸出(2018.7~2019.4)
  • アメリカ:▲50%
  • サウジアラビア:同+52%
  • ロシア:同+41%
対米電化製品・機械類輸出(2018.7~2019.4)
  • ベトナム:+20%

このほか、メキシコ、韓国が増えています。

米中同士の輸出入は、、、

流れとしては、

2018年7月
第一弾対中制裁関税
 第1弾の対中制裁関税に中国がすぐに報復、その結果アメリカの対中輸出額は大豆などですぐに細りはじめる。2018年末には前年実績比で40億ドル近く減少
2018年11月
第一弾制裁関税の影響が出始める
中国の対米輸出が劇的に減り始める。2019年に入って減少幅は40億ドルに。

一時的と考えられていた関税が長期化すると考えられると、こぞって生産場所を移転

多くの企業は関税は一時的なものと考えていました。

しかし、ずっと高い関税を払い続けるわけにはいきません。

当初は様子見だった企業も、米中対立の長期化を見越して2019年に入ってから供給網の再編に動き出しました。

注意
大豆などのコモディティーの調達とは違い、いったん切り替えたサプライチェーンは元に戻りません。世界の工場としての中国の地位は、貿易問題が長期化するほど沈下していくでしょう。

2019年10月

日本企業、米中対立で少しずつ脱中国を掲げるも静観が多数

日本企業が米中摩擦に対して警戒感を強めています。

メディアの調査によると、現在の中国事業について、4分の1近くが「脱中国」志向を持つことが分かりました。

これは米中対立の長期化で、日本企業が築いてきた国際供給網が崩れつつあることを映していると思われます。

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因みに、現状維持で様子を見る、と答えた人は60.4%だったという事です。
米中対立が長期化し、関税問題も日本に影響すると見ながらも、中国事業は『様子を見る』が多数を占めており、日本企業の現実的対応がある程度浮き彫りになった形です。

2019年8月

アップルが中国製の有機ELを採用

アップルはiPhoneの中核部品である有機ELパネルについて、中国製品を使う検討をしているようです。

米中貿易摩擦下の真っただ中ですが、液晶に続き有機ELでも中国勢が台頭し、世界のスマホ部品業界の勢力図にも影響を与えそうです。

2020年に世界で販売するiPhoneへの採用に向けて性能面などのテストを始めており、年末までに最終判断する見込みです。

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米中貿易摩擦が今後どの様に影響していくか見極めたい所です。

中国の中堅企業も移転増加

中国製造業の海外移転が中堅企業にも広がっているようです。

2018年夏以降、海外への生産移転や増産を表明した上場企業は30社を超え、売上高100億元(約1500億円)未満が8割を占めたようです。

業種別ではアメリカの対中制裁関税の対象となった家具や繊維、タイヤなどが多く、またこれまで海外展開が遅れていたりしていた業界中堅や準大手が多くなっています。

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中堅位だと、これまではわざわざ海外に展開するより中国内でやっていた方が良かったわけですね。

中堅企業が海外移転を模索し始めているのは、米中協議が長引く中で、現在のサプライチェーンでは負担増を支えきれないと判断した企業が増えたからでしょう。

やはり移転先はベトナムが多いようです。

地理的に近いし、人件費も割安、またカンボジアやラオスなどと比べてインフラ整備が進んでいることが理由です。

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中国政府はこの動きどどう捉えているのでしょうか・・・

日本企業、中国から移転を完了または移管中

第四弾の制裁関税が9月から発動される中、任天堂やソニー、京セラなど日本の主要企業が、中国から生産拠点を移転したり検討したりする動きが相次いでいます。

日本企業の主な対応
  • 任天堂:ほぼ全てが中国だったスイッチの生産を今夏からベトナムでも開始。
  • アシックス:ベトナムへの生産移管を完了
  • リコー:中国の深圳からタイへ高速プリンターの生産を移管
  • ソニー:移管を検討中
  • 京セラ:米国向けコピー機と多機能プリンターの生産を中国からベトナムに移転予定
  • シャープ:ノート型パソコンはベトナムや台湾、複合機の一部生産をタイに移すことを検討

2019年7月

中国から生産移管、50社超

アメリカが対中制裁関税を発動してから既に一年が過ぎ増した。

あるメディアの調査によれば、生産移管を検討する世界の主要企業は50社を超えており、今後更に増加する可能性があります。

また、中国にとって輸出入の4割を占める外資系企業の撤退は死活問題です。

中国における外資系企業の存在感
  • 中国における、外資のモノの輸出入額は17年に約1兆8千億ドル(200兆円弱)と全体の4割を占める。
  • 2017年末時点だと、外資及び香港・台湾系企業を合計した都市部の雇用者数は約2600万人と全体の約15%を占める

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日本企業の動きを簡単に見てみましょう。
中国外へ生産を移した日本企業(一部)
  • カシオ(腕時計をタイへ)
  • パナソニック(車載機器の一部をタイへ)
  • 日本電産(自動車などをメキシコへ)
  • シャープ(PCをベトナムへ)
  • 京セラ(複合機をベトナムへ)
  • 任天堂(ゲーム機をベトナムへ)
  • リコー(複合機をタイへ)
  • シチズン(腕時計をタイへ)

アメリカの製造業、中国生産から他地域へシフト加速

アメリカの多くの企業が生産拠点を中国から別の所に移転しようと検討しています。

HP 中国でのノートPC生産を東南アジアに移管検討
デル 中国でのノートPC生産を東南アジアに移管検討
アマゾン ゲーム機などの生産拠点の分散化(ベトナムなど)を検討
マイクロソフト ゲーム機などの生産拠点の分散化(タイヤインドネシア)を検討

アメリカは対中制裁関税第4弾はとりあえず見送ったものの、貿易戦争自体は長期化の様相を見せています。

世界の大手メーカーは中国での集中生産にリスクを感じ、見直す動きを加速させているのです。

2019年6月 アップルも中国集中見直し

TSMC、米中貿易摩擦の影響を認める

台湾の半導体企業TSMCが日本で10年ぶりとなる記者会見を開きました。

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同社は半導体受託生産の世界最大手です。

同社は米中貿易摩擦が半導体産業に与える大きな影響について率直に認めました。

彼らの大口顧客の1社がファーウェイ傘下で半導体の設計・開発を手掛ける海思半導体(ハイシリコン)です。

アメリカ政府によるファーウェイ禁輸措置で関連する半導体の出荷が減少していることも明らかにしました。

アップル、中国集中を見直し

アメリカのアップルが主要取引先に対し、中国での集中生産を回避するよう要請したようです。

アップル向けの中国生産のうち15~30%を海外に分散するよう依頼しているようです。

以下、アップルのサプライチェーンに関する諸データです。

アップルの世界全体の調達額 15兆円程度
上記の内中国内での生産割合 9割(最終製品の組み立てを中国で集中)
アップルが取引する国 30以上
日本企業との取引 38社
アップル最大の取引先 台湾のホンハイ

今回、アップルが生産体制を見直すと、間接取引先も含め雇用にまで影響が広がる可能性があります。

例えば、台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業は中国の広東省等を中心に巨大工場を構えていて、中国で約80万人を雇用していたりします。

アップルは現在、生産代替先としてメキシコ、インド、ベトナム、インドネシア、マレーシアなどを検討しているようです。

米中両国を代表するアップルとファーウェイの相次ぐ戦略転換によって、世界中のサプライヤーは大きな事業戦略の見直しを迫られることになっています。

韓国系企業も脱中国が鮮明に

韓国大手企業が中国での生産を相次いで見直しています。

現代自動車 北京市の工場の操業を一部停止
LG電子 米国向けの家電生産を中止
サムスン電子 天津市のスマホ工場、広東省の工場の人員削減を検討
起亜自動車 江蘇省の工場で6月末に起亜ブランドの生産を停止

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韓国は他国よりも対中対応が遅れていましたが、やはり今回のトレンドに逆らう事は出来なかったという事でしょうか。

中国の世界の工場の地位が揺らぎ始める

中国上場企業のうち、海外移転等を表明した企業が20社を超える事が分かりました。

貿易戦争の長期化が避けられないとみて、生産体制の抜本的な再編に踏み切る中国企業が増えているようです。
こうした状況下、逆に中国企業を誘致しようという動きも進んでいます。

中国の工場の移転先はベトナムやタイが多いですが、フィリピンが積極的に受け入れようとしています。

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例えば大手財閥のアヤラは、中国企業向けの工業団地を設立する方針を明らかにしました。
生産移転がこのまま続けば、中国国内の雇用や投資に影響が出るでしょう。

このため、中国は雇用対策を一元的に管理する「就業工作領導小組」を設置し対応に乗り出しています。

中国政府は雇用情勢は良好としていますが、上記の組織を作っている事自体、指導部の警戒感を反映していると言えるでしょう。

中国企業の東南アジアシフトが顕著

米中貿易摩擦の激化を受けて、中国企業の東南アジア投資が急増しているようです。

  • ベトナム:2019年1~5月の中国からの新規投資認可額が前年同期比で6倍弱の15億6000万ドル
  • タイ:2019年1~3月は同2倍の292億バーツ(約1000億円)
  • フィリピン:2018年の中国からの投資が2017年に比べ21倍超の506億ペソ(約1060億円)

中国企業が率先して自国から東南アジアに生産拠点をシフトしています。

この動きが続けば、中国の景気や雇用への影響が心配になります。

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ただ、フィリピンについてはドゥテルテ政権が対中関係改善を進めているという別の要因があります。

シャープがPCの生産を中国からベトナムへ移管

シャープはアメリカ向けのノートパソコンの生産の一部を中国からベトナムに移管する方針を決めました。

これまでPCは、ほぼ全量を在中国の自社工場で生産してきましたが、対中関税第4弾の発動に備えて代替の生産拠点を確保します。

シャープはベトナムのホーチミン近郊の新工場でパソコンを生産します。

元々この工場はスマートフォン向けカメラ部品を組み立てる専用工場とする計画でしたが、アップル向けの需要低迷を受けて、他の用途での活用も含めて検討していました。

中国からベトナム、台湾、メキシコへ生産地が移管

中国の対米輸出は2019年1~3月期に前年同期比で▲152億ドル。

特に落ち込みが大きい機械や電気機器については、中国からベトナムや台湾、メキシコを経由したアメリカへの輸出が増加しているようです。

米中貿易摩擦によるベトナムへの影響については↓をご参照下さい。

米中貿易摩擦、ベトナムへの影響米中貿易摩擦、ベトナムへの影響

中国からの生産移管が増加する一方ですが生産地をごまかす業者も増えているようです。

2019年5月

日本企業は第四弾の関税に向けて急ピッチで対応を検討中

アメリカの対中制裁関税第4弾が実施される事で、日本のメーカのコスト増やサプライチェーンの再構築が起きる事は既に報道がされている通りだと思います。

ある調査によると、中国拠点からの海外輸出のうちアメリカ向けは約6%で、日本企業が中国からアメリカに輸出する製品の総額は年1兆円規模となっています。

対応方法は各社結論出ておらず、例えばパナソニックは、

  • デジカメを中国福建省で生産。
  • 600億円程度のカメラ事業の売上高のうち、アメリカは約2割。
  • 今後生産移転を検討するが、コストを考慮する必要

としており、アシックスは

  • 2018年から生産の一部を中国からベトナムに移管。
  • 北米は重要市場だが、中国からの輸出品のうち一部は移管が困難。
  • 対応方法について、顧客や調達先と協議予定。

との事です。

ファーウェイ排除による他国企業への影響②

アメリカによるファーウェイ排除はファーウェイ自身の経営も悪化しますが、アメリカのサプライヤーも打撃を受けるでしょう。

ファーウェイの2018年の部品調達700億ドル分のうち、クアルコムやインテルなどアメリカ企業が110億ドル前後を占めました。ファーウェイへの規制強化でこうした企業はこの売り上げを失う事となります。

一方で、中国で大きな売り上げを持つアメリカの製品メーカーは、中国から何らかの報復措置を受ける可能性があります。

ファーウェイが生産を抑制したとすると、アジアとヨーロッパのサプライヤーにも影響が出ます。

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実際にファーウェイの規制リスト入りが伝わるとアジアではファーウェイのサプライヤーの株価が軒並み下落しました。

今後、実際に色々な事が起きてくるとこれもあれもといった形で様々な所に影響が及んでくることが想定され、どこまでダメージが大きくなるかは2019年5月時点ではまだ分かりません。

供給網見直しを検討する企業

アメリカの第四弾の制裁関税が発動すれば、日本のみならず多くの国の多国籍企業が影響を受けます。ここでは、各種報道を基に個別企業の動きを簡単にご紹介します。

アップルは中国の生産規模が大きく、逆に身動きが取りにくいようです。

アップルが公表する主要取引先の工場の内、全体の5割弱が中国です。この状況で主力の「iPhone」などの生産拠点をすぐに中国外に移すのは困難です。

一方で、アメリカ企業の業界団体は米中貿易摩擦が長期戦の様相を呈しているとして、その前提に立って備えるよう促しました。

  • 小型ビデオカメラメーカーの米ゴープロ:アメリカ向け製品の生産を中国からメキシコに移転
  • 靴メーカーのスケッチャーズUSA:中国からインドやベトナムに生産移管を進める計画
  • 玩具メーカーのハズブロ:中国からの調達比率を引き下げ
  • ある調査では、調査先アメリカ企業の約6割が「12カ月以内にサプライチェーンの見直しに着手する」と回答。

もちろん日本企業も同様の対応を取り始めています。

  • シチズン時計:中国での生産体制の見直しを示唆
  • ソニー:中国で生産しているデジカメについて対応を検討
  • ファーストリテイリング:中国工場での生産をベトナムやバングラデシュに切り替える可能性

アメリカのファーウェイ外しで日本企業は大きな影響

アメリカによるファーウェイ排除は、日本の電子部品・半導体メーカーにも影響しそうです。

ファーウェイはスマホ大手です。

ファーウェイは日本企業からは年間66億ドル相当の部材を調達しており、これが滞ったりすると売上高が大きく減る可能性があります。

今回のアメリカの措置だと、アメリカ以外で生産された製品でも、アメリカ製の部品や技術が一定割合以上使われていれば禁輸措置の対象となり、それだけに影響は広範囲に及びそうです。

リコーが複合機の生産を中国からタイへ全面移管

リコーが2019年の夏にもアメリカ向け複合機の生産を中国からタイへ全面移管する予定です。

対中関税「第4弾」の対象に複合機が含まれるため、タイへの生産移管で影響を抑える意図があります。

米中の関税合戦が収束する見通しが立たないなか、企業戦略への影響が拡大しています。

リコーは現在、アメリカ向け複合機を中国・深圳とタイ中部のラヨーン県で生産していますが、今後はアメリカ向け製品の全量をタイで生産します。

すでに中国で生産する機種とタイで生産する機種の部品の7~8割は共通化しており、早期に生産移管に対応できる見通しのようです。

台湾大手も中国から生産移転を検討

台湾のパソコン大手のASUS(エイスース)は関税引き上げに備え、中国から生産を移す緊急の対応計画を策定したようです。

ただし、生産移管は容易な作業ではありません。どの程度の影響が出てくるかを見極めながら詳細を詰めていくとしています。

日本のスマホ部品供給メーカーも緊急対応

日本の電子部品業界においてスマホ依存度が高い企業は多いと言われています。

日東電工はアップルや韓国サムスン電子のスマホ向け光学フィルムを供給しているとされていて、第四弾の制裁関税でスマホのアメリカ向け輸出が落ち込めば、同フィルム供給の減少は避けられません。

日東電工の売上高の6割近くはスマホ関連であり現在様々な影響について調査中であるとの事です。

製造コストが低い玩具、衣料品は移管が相対的に容易??

玩具や衣料品なども今回の第四弾の制裁関税で影響を受けると思われます。

しかし、スマホなどの部品と違って低コストで製造できる玩具や衣料品は生産移管しやすい面があるようです。

実際に今回の措置を受けてすぐに中国から他のアジアへ生産移管を決めた衣料品や玩具メーカーがあるようです。

アメリカの対中制裁関税で企業の戦略に差

アメリカの第四弾対中関税への対応について、日本や台湾など海外メーカーが迷っています。

このままの状況が続くとサプライチェーンの変更を考えるべきですが、何しろ多大なコストがかかります。企業間でどの様に対応するかは温度差が出てきています。

この一方、低コストの衣料品等は中国生産を縮小する動きがあります。

一番大きな影響はスマホ部品のメーカーでしょう。

スマホなどの組み立てを担う中国は、日本や韓国からの部品供給に頼り、IMFによれば、韓国や台湾はスマホ部品の供給で全体の8割以上を中国に輸出しています。

それが、今回の対中関税でスマホにも関税がかかれば、韓国や台湾で作られて中国に輸出している細かい部品においても甚大な影響が見込まれます。

第4弾の制裁関税で世界のサプライチェーンが激変の可能性も

第四弾の制裁関税は中長期でサプライチェーンに大きな影響を与える可能性があります。既にサプライチェーンの変化は起き始めていますが、それがもっと広範にわたって生じるという事です。

この追加関税がずっと続くと「世界の工場」である中国の位置は揺らぐでしょう。

もちろん中国生産が国外に移れば、中国経済は大きな成長エンジンを失います。

アイフォンやiPadなどを製造する台湾系企業も、追加関税が発動された場合、ベトナムに一部生産を移す方針です。

IMFによれば、第四弾の制裁関税によって、アメリカの輸入における対中依存はかなり減るようです。それは中国からメキシコやカナダなどに生産拠点が移り、世界を巻き込んだ供給網の変化を意味します。

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